いつか

始まりればいつかは終わる

それは物事の全てに当てはまる。それは決して、変えることのできないことである。

私は始めたらいつかは終わることを人との出会いや、仕事を通して学んできた。

始まりがあるから終わりに向かう。なら、何も始めなければ何も終わることはない。

終わらない苦しみはないが、終わらない幸せもまた存在しない。それなら、何も始めなければ、私達は心揺さぶられることもなく、平凡に静寂に時は過ぎていくのではないだろうか。そう思った。だけどそれでは何も避けられなかった。

人は生まれてた時からすでに、自分として生きる人生が始まっている。当然この人生にもいつかは終わりがやってくる。老衰か、事故かそれは分からない。だけど私達はこの人生という大きな始まりを向かえてから、それが終わるまでの間に、後悔ややり残したことを出来るだけ無いように終えなければいけない。人生の終わりに、自分の人生がいかに良かったものになるか。それはこの人生の始まりから、終わりまでのスパンの間にいかに多くの何かを始めて終えられたかに掛かっているとさえ思える。

何も挑戦しない人生。それでも生まれてしまったなら、人生自体は始まっている。何も挑戦しなくても、人生は終わりに向かっていく。

私達はこの大きなスパンの間に、とにかく何かを始めてみなければいけないし、結局何もしないなんてことは選べない。人によって始めたことが大きなことか、小さなことかの違いでしかない。

学校だってそうだ。学校生活は必ず人生を始めたなら、避けては通れない。学校生活は始まり学生になり、学生時代はいつかは終わる。短くても9年。長ければ20年近くあるだろう。だけどいつかは学校生活は終わる。努力しようがしまいが平等だ。学生時代に努力して受験や恋愛、資格を取るなど学生時代の中でも沢山のことを始めることができる。そして始めたら結果はどうあれ終わりにたどり着く。

社会に出れば仕事を始めるだろう。しかし仕事も40〜50年で定年退職となり終わる。仕事をしなくても、社会人という大枠に私達は分類される。バイトしかしないフリーターでも、働かないニートでも、社会人という括りでは皆平等だ。

結局仕事をしながら、また人との人脈をづくりや、趣味に講じるのも、小さな始まりを切ることである。

フリーターでも夢のために努力するなら、それは夢を追いかけている途中だろう。いつかは夢が叶うか諦めるかで終わりをむえることになる。

ニートだったとしても、ゲームをしたり妄想にふけったりするだろう。それだって一種の始まりだ。ニート生活を終わらせるのは自分の決断次第である。

物事は価値はどうあれ、全て始まりから終わりにむかうのだ。だからどんなに苦しくても逃げ出したくても、終わらない始まりは無いことはしっかり頭に入れて置かなければいけない。

始まれば、いつかは終わる。だけどその結末は私達の努力次第でハッピーエンドになるかバッドエンドになるかが変わってくる。

人生という大きなスパンの中で何かを始めていこう。それが私達に託された人間としての自由なんだから。そして終わりは必ずあるから。