明日をむかえる戦い

自分のことを発達障害と知ってから、もう随分たった。あの日からなにか変わっただろうか。

そう考えると心境の変化は大きく変わったと思う。しかしその心境の変化とは、発達障害が分かったからではなく、たぶん歳を取ったせいだろう。

その理由は、私は20代になってからよく20代でするべきこと。という本をよく読むことが原因だと思う。

20代でやるべきこと。それは30代でやり始めるには遅いことであり、30歳になる前に終わらせて置かなければならないことである。

20代までにやらなければいけないことは沢山ある。しかし私にとって、心に響いているのは3つだ。そしてこの3つが、達成されるかされないかの瀬戸際が今なんだろう。

 

1.安定した仕事につくこと

2.自分の家庭をつくること

3.自分の地位を固めること

 

この3つが、20代までに終わらせておきたいタスクである。

この3つを終わらせれないことに私は焦っている。この問題を解決しなければきっと30代は苦しむ事になるとさえ思う。

いま私が仕事探しや恋愛に必死で喰らいつこうとしているのも、最終的には自分が学んだこれらのタスクを完了させておきたいからである。

あと2年で全てのタスクを達成したい。そうしなければ、次には30代でやるべきことが待っているはずだ。

そう思うと自分を追い込んででもタスクの完了に力が入る。

これが良い方向に作用しているかもしれないが、ただの焦りで悪い方向にもシフトしてしまうかもしれない。

だけど私は自分に20代のタスクを押し付けることで分かったことが1つある。

それは、人間(私)は追い込まれなければ、本気になれない。ということだ。

人は安全な場所にいて、それが保証されていれば、自分を追い込んでまでは頑張らないだろう。

しかし、後ろ盾も無く、不安定な場所に立たされているなら覚悟を決めて戦おうとするはずだ。諦めれば一生そこで怯え続けなければならない。

私は最後の20代残りを、不安定な場所で過ごすわけにはいかない。今までの過ぎ去った時間を取り戻すために、戦わなければならないと思っている。

自分の理想のために戦うこと。それは私達がこの世界に生まれて抗うことができる、たった一つの自由かもしれない。

理想とは幸せの偶像であり、幸せを掴むためには戦わなければならない。そして戦う意思は自分が見つけなければならない。

それがいつ見つかるか。それはきっと何かを失った時かもしれない。

人間は手に余るほど何かを持っていれば、安易な道に足を進めるだろう。

自分の掌から全てがこぼれ落ちて、悲しみや苦しみ。このままでは駄目だと思えたとき。人生に本気で挑む力を得るだろう。

さぁ、戦って明日を掴みにいこう。私達にはその覚悟があるはずだから。私は進んでいく。