独唱 障害と生かされる物

1年の振り返り
晦日を迎えてこの1年を振り返ろうと思う。
人生の反省会だ。
さてここまでの人生いろいろなことがあった。
本当にいろいろあった。
まず何から振り返ろうか。
とりあえずこの1年での変化は恋人を失ったことと、仕事を失ったことが思い浮かぶ。
なぜこの2つを失うことになったんだろう。それは私の心身が壊れてしまったからだろう。心身が壊れたなんて大袈裟に聞こえるかも知れない。いや、そう大袈裟なんだ。大袈裟だけど大袈裟に言わないと自分自身が保てない気もする。
私の人生の一大事は、自分自身が発達障害だと分かったことだ。
発達障害。脳の障害。それが全ての終わりの始まりだったのだろうか。
私は発達障害だから、普通とは違う人間である。そう自分に言い聞かせた。誰もが私を虐げる原因は、発達障害なのだ。だから私は悪くない。それが当初の私の考えだった。そう考えることで私は頑張らなくてもいいと自分に暗示をかけることができた。
さて、自分は頑張らなくてもいいと暗示を掛けることによって何が変化したか。仕事をやり続けなくてもいいという言い訳を得たのだ。それは苦しみからの開放であり、今まで上手く生きていけなかった自分へのたった1つの寄りすがる心の糧となった。
もう頑張らなくていい。もうどうしょうもない。何もかもが終わりに向かいつつある。何も上手く行かないのは、お前が悪いのではない。お前が健常者として生まれなかっただけだ。神がお前に試練を与えた。だから自分らしく生きていけ。そうやって生きていけばいい。それが私だから。
仕事を辞めたことにより、恋人と一緒にいるためのお金も底をつきそうになった。無理もない。恋人は働いていないのだから。全て私が支えた生活だ。もういいだろう。頑張らなくて。私はお金を理由に恋人と決別することを選んだ。
もう何もいらない。何も望まない。新たな人生。一人の人生。ただ生かされている道を選ぶ。全てを失って私は感情も失うように努めた。悲しみの感情を失えば、人は強くなれると思ったからだ。もう何も欲しくない。何もいらない。何も与えないで欲しい。何も望まないから。そうやって生きていくことを決めた。
私はしばらく1人で生きていくことを選んだ。1人で幸せになれると信じていたから。誰にも縛られない人生。自由な人生。一生の自由。私は自由になれたんだ。そう思い込みながら振る舞う日々が始まった。楽しいことも1人でいい。悲しみは無い。悲しみは感じないようにしたから。そうやって生きていくんだ。これからも何年、何十年、死ぬまでの人生を。
しかし、人間そう簡単には強くなれないもので、1人でいることでどんなことが起こるのかを無意識に考え始めた。未来のことを不安に感じでしまう気持ちだ。私はこのまま1人なのか。親が死んで、周りには頼る人間もいなくなり、それでも1人で居たとき、どんな感情が自分に押し寄せてくるのだろう。そんなことが頭をふと過ぎった。だけど今さらもうどうにもならない。仕事も無く、お金も無く、ついでに人に好かれる素質もない。なにより健常者ではない私が、人と一緒にいることを望んでも、もう手には入らないと自分が一番わかっているから。この時に私は生きていくことに1番大切なモノを失っていたことを理解した。私が本当に失った生きていく中で1番大切だったものは、仕事でも恋人でも健常者ではなかったことでもなかった。私が失ってしまったのは、自信だった。
人間は何を失ってもたった1つ自信さえ折れなければ、また再び頑張ることができると思う。だがたった1つ自信を失えばもうその人はただ生かされている物と言っても過言ではないと思う。
自信がないから全てを諦める。自信を無くした言い訳を、発達障害のせいにする。私は自分が頑張らなくていい理由を探していたのは、結局自信を失うことで何にも期待せずに、もうただの物として生きていくことを自分に選ばせただけだったのだろう。
自由とは不自由。この言葉が頭を過る。自由だった。1人になってなんでも出来ると思っていた。1人なら何も背をわなくていいと思っていました。だけど違ったのかもしれない。何も背負うものがないものは、何よりも弱く、不自由で、自分の人生すら責任を持てない臆病者であるということ。何も無いから自信も無いことを。
人生は受け入れる事が始まりだが、受け入れて、そこから何を得るかで生き方は、人生は、変わっていくのだろう。何も望まないなんて物としての価値も無いかもしれない。ただそこにある物、それがその時の私。
かつてキリストは天国はあなたの中にあると言ったことを思い出した。私は自分で自分の中に地獄をつくっていたのだと思った。考え方。それが私達の生き方を良くも悪くも左右する源。全ては己の中に道があるのだと思った。失って始めて、自分と向き合えた気がした。全てはここに辿り着くためにあったのかもしれない。失うことで、私は全てを恨み、人生に期待しなくなった。だけどそれすらも、人生で通るべき道だったのかもしれない。絶望から得た考え方。パンドラの箱。もしかしたら、私はこの教訓から何かを得ないといけないのかもしれない。それが何であれ、それが私の人生に何かをもたらすかもしれないから。

ここから私は人ともう一度人と接することを試みた。それがあるコミニュティに属することだった。このコミニュティに属するにあたっての目標も自分に与えた。まず仕事を見つけもう一度働くことだ。人生、ずっと一人でいようがいまいが、働かなくては生きてはいけない。まず働くことで人生にもう一度自信をつけなければいけないと考えたからだ。もう一つは、人と話してみることだ。私は誰にも好かれない。そういう考えは拭いきれない。だけどそれでも人はたった一人で一生を終えることは困難だという結論に私は至った。だから、誰かと話してみて自分自身の世界を広げる必要を感じていた。
私のコミニュティとは、就労支援施設という、障害を持つ者が集まるコミニュティだった。私はここにたどり着くのも、もしかしたら人生を進む中で必然的なことだったのかもしれない。私は人生に必然性はあると思っている。
就労支援施設は、どうやら私に似たような人達が多かった。いやそう思っていたが、障害を持っていてもやはり好かれる人間は好かれていた。私はどうやら、好かれる側の人間ではなかった。コミニュティにぞくしてみたが、みんなよそよそしく感じて、正直私はまたここでも普通とは違う存在にしかなれないと思った。
そもそも私自身が普通とは違うという、レッテルから逃れられないのだから、この部分が変わらなければきっと普通とは違うと永遠に感じて生きていくことになるのだろうが。
コミニュティに属して数週間経った頃。私は一人の女性から声をかけられた。その女性は私より一回り近く歳上だった。私は自分と同じ障害に苦しむ人と話をしてなにか得るものがあるかもしれないと、興味が湧いた。しかしその女性は苦しみを分かち合うことよりも、恋愛ということのほうが関心が強かった。私はその女性に好かれていたようだった。なぜ私に関心を持つのだろう。私は職も、健常者の資格も失っている人間だ。異性に興味を持たれるはずがなかった。だから私の何がいいのか分からない。女性とは金と社会的地位と安定が全て揃った人間を好きになるものだと私は思っていた。だからその女性には衝撃を受けた。私の考え方が揺らぐのも恐れを感じた。
その後もコミニュティには通い、その女性と連絡を取り合ったりしていた。そうしている内に、私は別の異性とも関わりを持つことになった。別の異性は、本を読むことが好きでいろいろな本を読んでいた。私は文章を書くことが好きだったので、その女性が読む本に興味を持った。その女性が読む本を読んでみることにした。そうしていく内に本を通じて仲良くなった。ただその女性は私より学歴も高く、背も高かったので、どうも私は劣等感を感じずにはいられなかった。それでも度々話をしているうちに私はその女性に惹かれる節を感じた。私は自分の心境の変化を感じていたのが、その女性にもわかっていたのか恋愛への発展を打診された。私はまだ誰かと付き合うかということに、半ば迷いがあった。私は誰かと付き合うためにここに来たのだろうか?なぜ私は全てを失って何も望まないように努めていたのに、全てを期待しなくなった途端に、何かを得るチャンスがやってくるのか。人生とは分からないものだ。だけど私はどうもいろいろ引っかかる。私は本当に望むものが分からない。その女性とは付き合うことになったのだが、まだ全てが分からないままだ。私が本当に欲しいものはなんだったのか。こんな状態で誰かを愛せるのだろうか。これは私の我儘なのだろうか。
私はまだ何にも納得できていない。私はまだここより先に進みたい。私の世界はここで終わらない。そんな矛盾の世界で足掻く自分がいる。良くも悪くも私はこの先に進まなければいけない。全てを失って、少し自信を取り戻した。だけど私はまだ何かが足りていない。これが今の矛盾した自分の答え。

そしてこれからのことを考えた。私はもうすぐ就職することになるだろう。納得いくものを得られただろうか。いや…まだ納得いくものは得られていない気がする。私は一体何が欲しいのだろう。分からない。分からない。だけど自分のこの小さな自分の世界を。これからも広げていかなくてはいけないと思う。だからこそ人と関わるなにかのコミニュティに積極的に参加しなくてはいけないと思っている。私はまだ生かされているだけだ。生かされる。から、生きている。その生の実感。それを得ることが私の新たな目標になるだろう。