どんなに過酷でも

誰にも必要とされていないのではないか。

ふと、そんな思いが頭に過ることがある。

 

僕の場合、人より覚えが悪く、

人や両親に迷惑ばかりかけ、挙げ句には、

発達障害という、精神障害者と認知された。

 

人様から見ると、出来損ないの人間。

であり、厄介者としか思われないだろう。

 

そんな、出来損ない。

そんな僕は、

一体誰に必要とされているのか。

分からなくなり、いっそう、

何もかも投げ出したくなることがある。

どこに投出せばいいかも分からないけど。

 

人には、人それぞれ、

強みがあるって話はよく聞く。

特に発達障害なんかは、

人より極端になにかできない分、

何か飛躍的に出来る何かがあるという話だ。

 

そんなふうに、言われても、

何も救いにはならなかった。

僕は何をやっても、

飛躍的に何かできるなんてことは、

なかった。

 

本当に、

自分しかできない何かなんてあるのか。

何をやっても人並み以下でしかない

じゃないか。

そんな、

苛立ちのような虚無感に浸ってしまう。

 

人生って、本当に、不公平だ。

それなりに、

環境に適応できる人間もいれば、

ただの邪険者として扱われる人間もいる。

この差は一体何なんだ。

そんな疑問は日常茶飯事だ。

 

ただ、生まれてしまった。

ただ、それだけに過ぎない。

平等とか不平等とか、

そんなもの生まれた時から

決まっているかも知れない。

 

だから、だから。と。

こんなことを、

愚痴っていても仕方無いのも分かっている。

どんなに、過酷でも、結局、僕等は、

ここに生きるしかない。

今、ここ、から始めなければいけない。

 

愚痴なんて積もるほどあるけど、

積もっても邪魔だし、何も変わらない。

無いものねだり。無いもの尽くし。

でも仕方が無い。

 

生まれてきた事に、

生まれてしまったことに、

自分が生きていることに。

 

それらに、意味をつける為に、

生きなければいけない。

いや、生きている以上、

戦わなければいけない。

無いなら無いなりに戦わなければいけない。

 

自分が持っているであろうもので、

創り上げなければいけない。

 

過酷なら過酷でいい。

生まれてきた時から、

僕等は生きることが戦いなんだ。

 

自分がここに立っている事が、

すでに得がたき勝利なのかもしれない。

どういうことを書きたかったんだろう。