コロナと人の心

コロナ騒動からもう早くも

半年以上の月日がたった。

そう思うと時間の流れは

もの凄い速さだと実感させられる。

コロナで外出自粛と騒がれてもう、

かなりの時が経ったってことなんだから。

 

このコロナ騒動で誰もが、

いろいろなことを

考えさせられたのではないだろうか?

普通の生活の尊さとか、

自由にどこかに行ける事が、

どんなに恵まれた事だったのか。とか。

 

本当に、生活は極端に変わってしまった。

ただ、変わってしまったのは、

生活だけでは無いと感じる。

 

いや、本当はこうなる前から、

それはそうであって、

ただこのコロナ騒動のせいで、

今まで隠されていた事が、

今明るみになっただけなのかも知れない。

 

この騒動の中で、僕達がもっとも、

恥ずべきなのは、人間の闇の部分。

人が人を苦しめるという、

心の問題ではないだろうか。

 

コロナになった人間に嫌がらせし、

外食店が自粛しなければ嫌がらせし、

GOtoTravelでは旅行に行く人間を軽蔑する。

人間の心の闇が浮き彫りになった。

 

なぜ人は人を裁くのだろう。

そんなに他人のやることなすことが、

気になって仕方ないのだろうか?

 

これは、人々の正義と根差す物が、

個々により違うから仕方ないのだろう。

人は誰もが自分の中での正義を持っている。

 

その正義は他人から見れば、

正しいと思う人もいれば、

間違っていると思う人もいるのだろう。

 

だから、このコロナ問題は、

人々の正義が、主張が、食い違い、

コロナとは別に、人としてのあり方を、

問われる問題になってきたと

顕著に感じている。

 

さて、人と人との正義がぶつかった時、

そこで何が起こるか。争いが起こる。

誰もが自分は正しいと思っているから、

正しさと正しさがぶつかる。

そしてその自分が信じている正義は、

誰の手によって正義と、認められるか。

これを決めるのも人だ。

それもこの正義は、多数決で決まらない。

じゃあ、何で決まるのか。

行動で決まる。

行動した人間が大きくなる。

だから、コロナになった人を

村から追い出したり、

飲食店の経営者が心無い張り紙を

張られたりして、我慢するしかない。

 

仕方ない。

その人達にとってはそれが正義なのだから。

 

僕は人は人それぞれ、

主張があるのは仕方無いとは思う。

誰もその人の正義を

否定することは出来ない。

 

だけど、自分と相手の立場を入れ替えた時、

それでも自分がいいと思えるなら、

僕は納得できる。

だけど、ただ相手は悪だとして、

自分の正義で悪を潰すことだけ

考えているなら、それは違うと思う。

 

その人が悪なら、

なぜ悪にならなければならなかったのか。

その理由すらも、

考えてやらなければいけない。

ただ悪を潰すだけの正義なんて、

ご都合主義な正義だろう。

 

悪はなにゆえ悪なのか。

悪だと思っていたものは、

実は形を変えた正義ではないのか。

いや、正義なんだ。

 

だから、一人一人が、

自分の事ばかりでなく、

多くの正義があることを、

少し心に止めておけば、

こんなにギクシャクな

世の中じゃ無かったんじゃないかなって、

思わずにはいられないんだよな。