その物語に題名はない

 

人生は物語である。

その物語には題名はない。

立派な題名なんて必要ない。

 

僕等の物語は題名なんてつけられるほど、

一括にできるものじゃないだろう。

 

ハッピーエンドか、

バットエンドか、

決めるのは自分自身。

 

誰かがつくった物語りなんかじゃない。

自分がつくる物語なんだ。

 

どうして自分の物語なのに、

誰かのせいにして逃げるんだろう。

 

どうして自分が主役の物語なのに、

自分が楽しまないんだろう。

 

生きるのが辛いって、

辛くなるほど何かを頑張ったんだろうか。

 

僕等はいつだって、

生きるのは大変だって呟いてしまう。

 

なんで、大変な物語だって感じるのだろう。

 

もっと楽しんでいいんじゃない?

もっと楽に考えてもいいんじゃないかな?

 

物語をつくる僕等が、

物語を楽しまないで、

どうやって素敵な物語になるのだろうか。

 

結末ばっかり気にしたって、しょうがない。

結末なんて、最後まで分からない。

 

分からないことに時間をかけ過ぎて、

今この瞬間を、失うくらいなら、

結末なんて考えないほうがいい。

 

結末ばかり考える物語なんて、

答えを導き出す

計算をしているようなものだ。

 

答えなんて、到底出ない。

今この瞬間ですら、

結末は変わり続けている。

 

何にも成し遂げられないから

どうしたというのだろう?

この自分の物語が始まった日、

僕等は何も持っていなかった。

あるのは空っぽの物語だけ。

 

いまを生きている僕等は、

沢山の物語をつくってきた。

 

誰一人、同じ物語はない。

ただ同じ時間を生きてきただけだ。

 

そこに物語の成功や失敗の、

区別をつけるなんてどうかしてる。

 

自分の物語だろう?

なんで台無しにするように考える。

なんで人と比べたがる。

 

人よりいい物語なんて、

考える必要はないないんだ。

どんな生き方でも、自分だけの生き方だ。

 

どんな素晴らしい生き方を見てきたって、

それは見る人の尺度で

全然違う見え方になる。

 

素晴らしい生き方なんて、

人がそう言うから

そう思うだけなんじゃないかな。

 

誰もが羨む生き方なんて、存在しない。

みんな何かを得るために、何かを失う。

 

人々が羨む生き方の裏では、

人々がしたくない苦労の物語も隠れている。

 

苦労を苦労だと思わないから、

その人達は、立派に見える。

 

逆に、苦労だと感じたら、

きっと出来ないことだっただろう。

 

自分の物語を苦労と絶望に追いやるのは、

いつだって、自分自身の考え方だ。

 

誰かの人生の真似をしようとするな。

そんな真似する人生はうまくいかない。

 

同じ物語をつくろうとするな。

自分には自分なりの物語の進め方がある。

 

別に僕等の物語が、

誰かに自慢できるような物語じゃなくたって

いいじゃないか。

 

なんで偉大な物語にしようとする。

それも誰かの真似をしたりして。

誰かに言われるがままに物語を進めて。

 

自分の物語がそんなに気に入らないのか?

そんなになにかを望まないと、

自分の物語に自信が持てないのか?

 

そんなことはないはずだ。

だってこんなにも、

自分の人生を生きているじゃないか。

 

かっこいい人生じゃなくていい。

かっこ悪くても、誰も同じ物語は紡げない。

 

自分の物語を、

誰かの物語にしてはいけない。

 

名も無き物語でいい。

自分の人生に題名を探すな。

 

結末なんて、考えようとしないでいい。

この物語を、どう楽しむか。

 

それだけで生きるのは、

楽しくなると思う。

 

もっと自分が楽しまないと。

物語の主人は自分なんだから。