怒りに身を任せる人が厄介に感じる

 

自分の思い通りにならなければ

急に怒り出し、

周囲の人を困らせる厄介な人間。

職場には1人や2人はいるのではなかろうか?

 

僕もそんな、

我が強い人たちに何度も会ってきた。

 

その人たちは自分の

マイルールを周りに押し付け、

自分と考え方の違う人間がいると、

闘争心むき出しで噛みついてくる。

 

賢い人はそういう人とも

上手く付き合っていくことが出来るが、

馬鹿正直な僕は、

そういう人とどう合わせていけばいいか、

分からなかった。

 

僕が休職するまで病んでしまったのも、

そんなマイルールマンがいたからである。

 

どうしてこうやらない?

順番が違うだろう?

そんなふうに、

人の行為を見てあれこれ

姑のように言ってくる存在。

 

人に見られることにとても臆病な僕は、

そのプレッシャーから何度も、

失敗してしまった。

 

この手のタイプの人に、

言い返したりできる人は、

あれこれとグチグチ言われ続けない。

 

だけど言い返せない人は、

どんどんマイルールマンの、

監視が強くなっていく。

 

言い返さないから言われ放題になり、

自分の自尊心が、

どんどん壊されてしまうのだ。

 

もしそんなふうに、

自分があれこれ言われる、

標的になっていたら、

気を付けないといけない。

少しづつ精神的に病んでしまうから。

 

仕事が休みの日に、

何もする気が起きなかったり、

休んでも疲れがずっと抜けないような、

感覚になっているのなら、

一度いまの職場のことを、

思い返してどうするべきか、

考えるべきかもしれない。

 

きっと辛くても簡単に、

仕事を辞めることは出来ないかもしれない。

 

だけど、そのままいまの仕事を、

続けていくのが幸せなのか。

 

人生たった一度。

苦しみに耐え抜くのは、

僕の気持ちでは、

もったいない人生に感じてしまう。

 

きっと僕自身ズレているから、

簡単に辞めてしまえばいいと

考えてしまうのだろう。

 

だけど、仕事をやめても死ぬことはない。

どうにかこうにか生きてはいける。

人生は生きる事が大前提だと思っている。

 

生きるのが嫌になるのは、辛い時だ。

辛いのが職場のせいなら、

その辛さから逃げるのもまた、

人生とちゃんと向き合っている

証拠だと思う。

 

怒りに身を任せる人がいるなら、

心に身を任せる人がいてもいいじゃないか。

 

自分が辛いならきっぱり諦めて逃げる。

逃げてもその先に道はある。

逃げたからこそ見えてくる

物語もきっとあるんだ。

 

どんなに厄介な人が、

僕らの人生の邪魔をしてきても、

その人を恨んではいけない。

その人にはその人なりの正義がある。

 

もし悪いと思っていたら、

人が傷つくようなことは出来ないはずだ。

怒ることもその人にとっては正義であり、

きっとその人なりの意味があるのだろう。

 

僕らとはまた違う生き方を、

してきたんだと考えてしまえば、

その人への怒りも少しは抑えられる。

 

たまたま、人生の途中であった人に、

そこまで心を震わせてはいけない。

 

自分を不幸にする人間のことなんて、

忘れてしまえばいい。

 

やっかいな人は、

その人なりの考え方がある。

 

だから嫌なら離れればいいし、

何も言い返す必要はない。

 

逃げたら負けだとか、

かっこ悪いとか、

そんなことで心を乱さないことだ。

 

その一時の感情の為に、

心を壊さないようにすることの方が、

よっぽど大切だ。

 

どこへ向かってもどこかに道は続いている。