やりたいのにやりたくないような、矛盾する気持ち

 

僕は文章を書くことが好きだった。

小学生の頃から自分で物語をつくって

ノートに書いたりもしていたんだ。

 

だけどいつしか、

物語を考えるのをやめていた。

 

なんでだろう。

あんなに夢中で物語を、

考えて書いていたのに。

 

社会人になりたての頃、

社会で上手くやっていけない

僕は焦っていた。


そんな時、

ふと何かを書くのが好きだった

じゃないかと昔の夢を思い出した。


社会に出て上手くいかない頃の僕は、

自分を正当化するために、

僕は小説家になりたいんだ!

と友達に言って回っていた。

 

そして、そんな日々も忘れ

いつしか恋愛に走って、

そんな夢を追いかけなくなった。

 

なのにこうしてまた、

文章を書きたいと感じる

自分に今更ながら再開した。

 

一体、僕は何のために

文章を書いているのだろう。

そんなことがたまに頭に過ぎる。

 

文章を書くのは好きだった。

だけど書いて何の意味がある?

と問いかけてくる自分がいた。

 

きっと、この問いかけが原因で

今まで何度も文章を書くのを辞めたんだ。


今もこんなことを

している場合じゃないのではないかと思う。

 

僕は、生きていることに対して、

絶望したり、追い詰められたりした時に、

文章を書くという逃げ道をつくっている。

そんな気がしている。

 

逃げたいという気持ちが、

文章を書くことの起点になっていたんだ。

 

文章を書くのは楽しい。

でも書くべきなのか?

僕が書く文章では、

お金は貰えないし、生きてはいけない。

これはただの逃げだと思うと、

書けなくなる。

 

書きたいだけど…書けない。


そんな矛盾した気持ちが、

僕に文章を書く行為を辞めさせるのだ。

 

そんな中でやっと文章を書くことを

諦めなくていい理由が見つかった。

 

その理由は、僕のもつ

発達障害が見つけてくれたんだ。


僕は発達障害と診断されて、

どんな障害かを、勉強することにした。

その勉強の中で、

発達障害は脳の機能不全だと理解した。


さらに脳の機能が停止していることで、

他の精神障害も併用しやすいことが

分かったのだ。

 

子供の頃から悩まされていた、脅迫障害。

それがきっかけで発症した鬱病

根源は発達障害であり、

そこから派生していろいろな精神障害

誘発していたのだと気づけた。

 

発達障害は脳の機能不全が

問題になっているが、

認知行動療法や、薬を服用して、

脳の機能をよくする努力をするようにした。

 

発達障害の勉強と共に、

もう20年ほど苦しめられ続けてきた、

脅迫障害の勉強も進めることにした。

 

脅迫障害は脳のトラブルにより、

何度も誤った命令を

繰り返してしまう障害だ。

 

何度も手を洗ったり、

何度も鍵を閉めたか気になったりするのは、無意識に正しいか正しくないかを

判断する脳の機能が

上手く動いてないからである。


無意識に判断できないから、

何度も何度も同じ行動を

脅迫障害者にさせる。

そうしなければ脳が

違和感を感じずにはいられないのだ。

 

そんな脅迫障害を断ち切るには、
これは脅迫障害によって、

手を洗わないといけないくなっているんだ。

と自分で脅迫障害のせいだと

気づかなければいけない。

 

脅迫障害のせいだと分かれば次は、

自分が自覚的に違う行動を

とるようにすれば良い。

 

脅迫障害ではなく他の建設的な行動をする。

そうしていけばいずれは、

脳が脅迫的に考える、

手を洗え。まだ手を洗え。

という観念が薄れていくのだという。


僕も試してみてその効果を感じている。

脅迫障害の患者に対して医師はこういう。

 

「だいじなのは、

どう感じるかではなく、何をするかだ」

 

僕にとっても脅迫障害による強迫観念は、

とても不愉快だった。

 

こんなことを考えたりする人間は

生きている価値がない。

そう考えたことも何度もあった。

 

だけど、どう感じても

それは脳の障害だから仕方ない。

 

だいじなのは、

自分の行動だと自覚することができた。

 

そしてこれは、

日常生活でも活用できると僕は思えた。

 

文章を書く時も、

こんなことを僕はしていていいのか?

そう考えてしまう時、

そう考えたままで、

文章を書き始めることにした。

 

どう感じても、

どんな思いにさいなまれても、

行動すればその考えはいつしか消え去った。

 

迷うことなかれ。

行動だけが自分を救う。

 

頭の中であれこれ考えても、

言い訳が浮かぶだけだ。

自分が正しいと感じたら行動すればいい。

 

「だいじなのは、

どう感じるかではなく、何をするかだ」

 

この言葉は僕にとって、

このズレて見える世界で戦う力を

与えてくれた。

 

1つの発達障害という病気から、

いろいろな発見があることに感謝している。

 

進んでいけば道は沢山広がっている。

だから迷わずに進んでいこう。

 

ズレていることをとやかく考える前に、

ズレていても歩き続けるしかない。

 

そうしなきゃ、何も変えられないから。