発達障害(自閉症スペクトラム)を希望に

発達障害と向き合い、自分らしい生き方を探すブログです。

人生を語るには若すぎる私の人生定義

「なぜ私は生きているのか?」昔よくそう考えたことがある。そう考えていたのは、私が鬱病になっていた頃の話です。人はなんの為に生きているのか?この人生という営みは、死ぬまで一生続くのだろうか。そう考えては答えの出ない自問自答を繰り返していました。答えの出ないことを考え続けるのは、自分を本当に苦しめるのだという教訓を得たのはつい最近のことでした。

「人はなぜ生きているのか?」この答えを私はなんとなく自分なりに導きました。それは当たり前で普遍的なものかもしれません。でもその答えを知ってから、全ての自分に降りかかる災厄や苦しみと和解していくこともできました。

人が生きる理由。それは「幸せを知るため」なのです。幸せは人によって違うと思います。あなたにとっての幸せとは一体どんなものですか?お金持ちになること。愛する人と共に人生を送ること。もしかしたら仕事の中にもあるかもしれません。

自分が幸せになる方法や、いま幸せだと感じている人は幸福です。その幸せは、あなたが自分で手に入れたものだからです。幸せとはあなた自身が作り上げたものです。

逆に自分が不幸だと感じている人もその不幸はあなたが作り上げたものだと私は思います。

私は人生の定義があると思います。人生の中では避けられない宿命があると思います。恋人との別れや、大切な人の死。病気や障害。進路の失敗や、突然の生活の崩壊。それらは避けられなかったことだったのではないかと思います。それは巡り合わせであり、不思議な力が私達にその経験をするように仕向けているのではないでしょうか?全て上手くいく人生は気持ちのいいものだと思う人もいると思います。でもそんな人生は私は望まないでしょう。全てが上手くいくのは死ぬときにそう感じられたら十分です。

人生のプロセスのなかで失敗を繰り返して、何が私の幸せなんだろうと考えて生き抜く方が人生はより価値があるものだと思いませんか?

人生は必要な時に私達には必要な痛みを与えます。それは私達が人生を素晴らしいと感じさせるために人生のある要所要所で必ず通る道です。そこで全てを投げ出せば私達は何も手に入らず、抗えば心身は滅びることになる。ではどうすればいいのか。

物事をありのままに受け入れることが人生に愛される人だと思います。ありのままに受け入れたらもう私達は何も失わない。そこからは、その物事から得られる何かを手に入れられる。そこに幸せを知る方法があるのです。私達は人生の大きな変えられない流れを受け入れないといけないときが何度かあります。注意深く歩いていても避けられない、私達が受け止めるべき経験が人生にはあると思う。だけどそれを受け止める。それが人生の定義だと私は感じています。

私は人生の中で、鬱病発達障害という避けられなかった障壁を目の前に苦しい日々を送りました。避けられたと他人は言うかもしれませんが、自分が避けられないから受け入れたと信じることが大切だと思います。鬱病の経験から人を許すことの大切さを学びました。私はどんな人も自分の信じる道を進むべきだという考え方を得ることが出来ました。発達障害はまだ完全には乗り越えていませんが、きっとこれも人生の中で何かを提示しているのだと感じています。全てを受け入れて何かを得る。それは私達ができる唯一の幸せを手に入れる手段だと思っています。

私達はどんなことが目の前を覆い尽くしてもそこから得られる大きな財産は人生を豊かにしてくれるでしょう。