発達障害(自閉症スペクトラム)を希望に

発達障害と向き合い、自分らしい生き方を探すブログです。

#3 発達障害の薬を飲み始めて

私が発達と診断されて数日。発達障害と診断されて生活事態が変わるわけでもなく今までの生活が続いた。1つ変わったのは心療内科で処方される【ストラテラ】という薬を飲み始めたことくらいである。この薬を飲むと確かに小さなミスや気分の落ち込みが少し減った気がする。ただ減っただけで特段できる人間に変わるわけでもないので気休め程度に私は思っていた。この薬を飲むと私は今までの自分と変わってしまうのではないのかと思って、最初は飲むのを躊躇っていた。ただやはり飲むのと飲まないのでは仕事のパフォーマンスに若干の差があるので仕事のために飲むようにしている。この薬を飲むと自分が好きだったブログ等を書く気力がなくなった。なんだか自分をコントロールしている気分になり今はそんなことよりやることがあるだろう?と頭の中で言われている気分になる。だからといって特に何かをやる訳ではなく客観的に自分を見る癖がついただけであった。
これが普通の人の思考なのか?とも少し考えたがやはりそれは自分が自分でなくなる気がして嫌だった。最初は薬を飲むと自分を上手くコントロールできない気がしていたが、徐々に自分の意思をもちながらケアレスミスを抑制できるようになった。この薬を飲んでブログをもう1度始める気力がでたのに3ヶ月程かかった。やはり薬を飲むと少しずつ今までの自分から普通に変化してしまうのだろうか。
私は発達障害の本を読む中で、発達障害は特出した能力を持っている可能性が高いという内容を見ると、とてもワクワクした。生きづらい私がそれを見つけることができれば、もしかしたらもっと楽しく生きれるハズだと思っているから。ただ発達障害を普通の思考に治していくということを目標にしている本には少し抵抗がある。確かに自分は変わらなくてはいけないと思う。だけど普通の思考に自分を抑制できたら今までの自分が全て否定される気がしたから。あなたは普通の人間になれました。となっても私は嬉しくない気がする。この考え方は一体どこから湧いてくるのか?もしかしたらこの考え方も発達障害のもつこだわりの強さからきているのかもしれない。だから私は変わりたい部分と変えてはいけない部分をしっかり線引きしていかないといけないと考えた。
今思えば、20歳になって家を飛び出し彼女と同棲し始めたのも後悔はしていないがもっと違うやり方があったかもしれない。普通は両親の同意を得て一人暮らしや同棲を始めるものだったかもしれない。と自分を客観視するようになった。今だってそうだ。私は同棲をして本当に幸せなのか?本当は親から逃げて一人が嫌だから彼女を縛り付けただけではないのだろうか?いろいろなことを客観的に考えるようになって、私はいろいろなことが分からなくなった。ただ私自身の間違いを自分で認めると、これは発達障害を持っていたからこんな選択をしたのかなと腑に落ちる部分があった。
本には自分を客観的に見ることができるようになることが自立の一歩と書いてあったのを思い出した。私は自分本位で自分の判断全てが正しいと今まで思っていたので、もしかしたら間違いだったかもに気づけるようになって驚いた。自分を信じてやるのは大切だ。だけど自分の間違い認めることも必要だと少しずつ気づいてきたのが薬を飲み始めた、私の最近の変化なのかもしれない。