発達障害(自閉症スペクトラム)を希望に

発達障害と向き合い、自分らしい生き方を探すブログです。

#0 約束されない物語

2019年8月19日。
私は発達障害と診断された―――

このブログは私が発達障害と診断され、先の見えない、この先の未来をどう自分が作っていくかを記録していくものにしていこうと思っています。

 

発達障害は乗り越えられる。
発達障害でも活躍できる。

 

発達障害でも努力して自分なりの成功を収めた人は沢山いるようだ。だけど私はその成功者達の一人として満足いく成功を成し遂げることが出来るのだろうか…

発達障害と診断され3ヶ月程たち、私は発達障害の成功体験の本を見てそう考えた。きっと本を書いて成功体験を教えてくれる人達は皆ものすごい努力をしてきたに違いない。私はどうだろう。そこまでの努力をして自分の納得いく世界を創り上げることができるだろうか?そう考えると私は自分に自身がなくなった。まったく違う世界に生きている人達に見えた。

私は人の成功体験や苦労話が結構好きでそんなエピソードを書いてある本を見ては一喜一憂している。だけど今回の自分と同じ立場の人の成功を見ると自分には何もないのでは…と不安になった。今まではこんな人間になってやるぞ!とか、私もこうなりたいとか、憧れを持って本を読んでいた。今も本質自体は変わっていない。だけどどうしても自分の置かれた状況を覆すイメージがまったく想像つかない。

もしかしたら、私と同じように悩んでいる人はいないだろうか?発達障害と向き合うことから逃げている自分と同じ人が―――

私の気持ちはまだ、完全に発達障害の自分を受け入れていない。受け入れて楽になったとしても世界(現実)は続く。今の仕事にはいかなければならない。すぐに辞めても宛はない。今の生活のお金を手に入れなければならない。私にはお金を代わりに出してくれる友人も恋人もいない。同棲中の恋人は働かないが情がありなかなか別れを切り出せない。私の本当にやりたいことは一体なんなんだろう。やりたいことを仕事にするとはどうやればいいのだろう。私は自分を変えたい。

そう考えている中で私がやりたいことって、文章を書くことではなかったか?と思い出した。ただ文章で食べていくことは無理ではないだろうか…家賃だって払えないだろう。私は文章を書くという自分のやりたい心に蓋をしたーーー

私は何をすれば自分が満たされるか考えた。ありとあらゆる娯楽が頭を過る。ただ何をしても満たされなかった。心と体が分離したみたいな喪失感。私は何を自分が求めているかも分からなくなった。でもふと心に問うてみた。

「心よ、私は一体何を望んでいるのでしょうか?」この方法はある心理学者の本を読んだときに心に問いかけて自分の道を心に示してもらう方法である。なんともスピリチュアルな方法だが私には頼れるものが他に無かった。心は答えた「自由だよ」私は次に「心よ、私は自由にしてきた。私が求める自由とは一体なんなのですか」心はすぐに答えてくれた。「今を楽しむ自由だよ。救われたいなら今を楽しむんだ。」

今ーーー
そう言われた時に私は今から逃げる道ばかり探していることに気がついた。私は今という時間から逃げて抜け殻のようにただ生かされているだけの状態に気づいた。今を生きなければ明日も明後日も私は変われない。発達障害で成功してきた人達はきっと自分の立場から逃げなかった。必死に今を生きる方法を探して自分の道を創ったんだと思った。私はそれに気づき今から出来ることをしていくことを決心した。私はやはり文章を書くことに戻った。

物語を考えるのが好きだった。いつも私の頭の中には沢山の物語が浮かんでは消えていく。その繰り返しだ。なぜなんだろう?発達障害の特性なのか。きっと今をしっかり生きていればいつか答えを心が教えてくれるかもしれない。もう一度私は自分の文章を書くことを決めた。

この私の発達障害を乗り越えるための物語は成功体験者の本ではない。だからこのお話が成功体験で終わるとは限らない。もしかしたら失敗して私はこのブログをやめてしまうかもしれない。だけど成功を約束された物語より、どうなるか想像もつかない現実の物語の方が心が揺さぶられるのではないだろうか?私は先の見えない物語も好きだ。自分の意思でこの物語はハッピーエンドにもバットエンドにもすることができるだろう。

だからーーー
もし発達障害で苦しんでいる人がいたら見てほしい。発達障害ではなくても、今苦しみの中にいる人は見てほしい。私がつくるこれからの物語を。